相続放棄の落とし穴:知っておくべき重要ポイント
相続は、被相続人の財産を受け継ぐだけでなく、借金などの負債も引き継ぐ可能性があります。もし負債が財産を上回る場合、相続人がその負債を背負わずに済むための重要な手続きが「相続放棄」です。しかし、この手続きにはいくつかの重要な注意点があります。
この記事では、相続放棄を検討する際に知っておくべきポイントと、その落とし穴について詳しく解説します。
相続放棄の基本的な考え方と手続きの概要
「相続放棄」とは、相続人が被相続人のすべての権利義務を一切承継しないと家庭裁判所に意思表示をすることです(民法938条、民法896条)。これにより、相続人は最初から相続人ではなかったものとみなされます。
手続きは、相続が開始した場所を管轄する家庭裁判所に、「相続放棄申述書」を提出して行います。申述人1名につき800円の収入印紙と予納郵便切手が必要です。添付書類としては、申述人の戸籍謄本、被相続人の死亡が記載された戸籍謄本、被相続人の住民票除票などが必要となります。
相続放棄における重要な注意点
相続放棄を行う際には、特に以下の点に注意が必要です。
1. 申述期間(熟慮期間)の厳守
相続放棄の申述は、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」に行うのが原則です(民法915条1項)。
この「知った時」とは、単に被相続人の死亡を知った時だけでなく、相続財産の全部または一部(特に負債)の存在を認識した時、または通常これを認識しうるべき時から計算されます。例えば、債権者からの請求通知を受けて初めて債務の存在を知った場合、その時点から3ヶ月の期間が開始するとされています。
相続人が複数いる場合、3ヶ月の期間は各相続人ごとに進行します。
期間内に相続財産の調査が完了しない場合は、家庭裁判所に期間の伸長を申し立てることが認められています。
ただし、一度放棄の意思表示があったとみなされるような行為(法定単純承認)をしてしまうと、後からの放棄申述が却下される可能性があるので注意が必要です。
2. 法定単純承認事由に該当する行為の禁止
相続財産の一部でも処分する行為(例:預金を引き出す、遺産分割協議を行うなど)は、相続を承認したとみなされる「法定単純承認」に該当し、原則として相続放棄ができなくなります(民法921条1号)。特に、遺産分割協議が既に成立している場合は、原則として相続放棄は認められません。
例外として、遺産分割協議が「錯誤」に基づいて行われたと認められる場合(例:多額の債務があることを知らずに協議したなど)は、遺産分割協議を取り消し、相続放棄が認められる余地があります。この場合、申述書で錯誤の具体的な事由と熟慮期間の起算点(債務を知った日など)を主張立証する必要があります。
3. 相続放棄の効果と次順位の相続人への影響
相続放棄が受理されると、その放棄をした相続人は、その相続に関しては最初から相続人ではなかったものとみなされます(民法939条)。
これにより、「代襲相続」(相続人が死亡している場合にその子が相続する制度)は発生しません。例えば、子が相続放棄すると、その子(孫)は代襲相続人にはなりません。
先順位の相続人全員が相続放棄した場合、次順位の者が相続人になります。このため、自身の放棄が家族や親族に影響を及ぼす可能性があることを理解しておく必要があります。
4. 相続財産の管理義務
相続放棄をした者が、その放棄の時に相続財産を現に占有している場合、他の相続人または相続財産清算人に引き渡すまでの間、**自己の財産におけるのと同一の注意をもってその財産を保存しなければなりません**(民法940条1項)。
管理が困難な場合、利害関係人として家庭裁判所に相続財産管理人の選任を申し立てることができます。また、相続人が明らかでない場合には、相続財産清算人の選任申立てをすることも可能です。
5. 複数の相続資格を持つ場合の放棄
養子と実の孫のように、一人が複数の相続資格を持つ場合、どの資格に基づく相続を放棄するのかを申述書に明確に記載することが重要です。同順位の資格の場合、通常は両方放棄したとみなされますが、一方の資格のみを放棄し、他方を留保する旨を明示すればそれが認められます。異順位の場合は、先順位の放棄が後順位の相続権に影響しないとされています。
6. 相続放棄の取消しについて
一度家庭裁判所に受理された相続放棄は、原則として撤回できません(民法919条1項)。
しかし、詐欺や強迫によって放棄した場合、または制限行為能力者(未成年者、成年被後見人、被保佐人など)が同意を得ずに放棄した場合など、民法総則編や親族編に定める取消事由がある場合に限り、家庭裁判所に相続放棄取消しの申述をすることで取り消すことができます(民法919条2項)。取消権は、追認できるようになった時(強迫状態が終了した時など)から6ヶ月以内、かつ、放棄の時から10年以内に行使しなければ時効消滅または除斥期間の経過によって消滅します。
なお、相続放棄の意思表示自体に「無効」原因がある場合(例:そもそも放棄の意思がなかったなど)は、家庭裁判所での取消申述ではなく、別途訴訟で争う必要があります。
7. 破産者が相続放棄を行う場合
破産手続き開始後に破産者である相続人が相続放棄をした場合、破産財団との関係では「限定承認」の効力を有するとされます(破産法238条1項)。
しかし、相続債務が相続財産を明らかに上回る(債務超過である)場合は、破産管財人は、破産裁判所の許可を得た上で、相続放棄の効力を認める申述を家庭裁判所に行うことができます。
8. 相続放棄した相続人が財産分与を受ける可能性(特別縁故者)
相続放棄をした相続人であっても、被相続人と生計を同じくしていた、療養看護に努めた、その他特別の縁故があったと認められる場合には、**特別縁故者**として、清算後の相続財産の全部または一部の分与を受ける申立てをすることが可能です。
この場合、相続放棄をした理由(例:債権者からの執拗な請求を避けるためなど)を具体的に主張する必要があるとされています。
まとめ:相続放棄は専門家への相談が不可欠
これらの注意点を踏まえ、相続放棄を検討する際は、専門家と相談し、慎重に手続きを進めることが重要です。相続放棄は一度行ってしまうと取り返しがつかないことも多いため、弁護士や司法書士などの専門家に相談し、個別の状況に応じた適切なアドバイスを受けるようにしましょう。