ホテル旅館の宿泊予約とキャンセル
宿泊契約のしくみ
契約は,「申込み→承諾」という意思の合致で成立します。
宿泊客がホテルに対して予約申込みをし,ホテルにおいてこれを承諾する手続きが完了すれば,宿泊契約が成立したといえます。この宿泊契約の成立により,ホテルにはサービス提供義務が生じ,宿泊客には代金支払い義務が生じることになります。
キャンセル料発生の根拠
これに加えて,キャンセル料についての合意が形成されると,「宿泊客にキャンセル(解除)権が留保される代わりに,キャンセルした場合にはキャンセル料(違約金)支払い義務が生じる」と考えられます。
通例,ホテルは観光庁の認可を受けた宿泊約款を設けているはずなので,これにキャンセル料発生の根拠が認められます(観光庁のモデル宿泊約款でいえば第6条2項)。
※モデル宿泊約款第6条(宿泊客の契約解除権)
1 宿泊客は,当ホテル(館)に申し出て,宿泊契約を解除することができます。
2 当ホテル(館)は,宿泊客がその責めに帰すべき事由により宿泊契約の全部または一部を解除した場合(中略)は,別表第2に掲げるところにより,違約金を申し受けます。(以下略)
「宿泊客の責めに帰すべき事由」とは?
モデル宿泊約款6条2項では,「宿泊客がその責めに帰すべき事由」によりキャンセルする場合のみキャンセル料が発生するものとしています。宿泊客に帰責できない事由とは,具体的にはどんな事由でしょうか。
- 本人の病気・ケガ
- 家族の病気・ケガ・死亡
- 災害による交通機関の運休 などが考えられます。
もっとも,同じ本人のケガにしても,つまずいて転倒した等の自損事故であればその責めに帰すべき事由といえる反面,やむを得ない交通事故に巻き込まれたような場合はその責めに帰すべき事由といえないケースもあるでしょう。
結局は,社会通念に照らしてキャンセルが相当か否かという評価的な判断になってしまいます。
実務的にはどうすればよい?
宿泊客が,本当は自己都合でのキャンセルであるのに,自己の責めに帰すべきでないような虚偽の事実を伝えてキャンセルを正当化することも考えられます。このような場合にはホテルは騙され損ですし,正直にキャンセル料を支払っている他の宿泊客との公平性を欠くことにもなります。
ホテルとしては,原則としてキャンセル料を請求し,宿泊客が診断書や各種証明書等を提出した場合のみキャンセル料を請求しないという運用を貫くことも十分に理由があります。もっとも,宿泊客から,「身内の不幸を信じずにそこまでやるか」という悪評が建てられる恐れもあります。サービス業者の頭の痛いところですが,一種の経営判断にならざるを得ないでしょう。
キャンセル料を請求するのであれば,まずは請求書を送付してみるのがよいでしょう。それでも何ら反応がない場合には,弁護士に相談の上内容証明郵便で請求書を送付するなどし,最終的には訴訟提起を検討することになります。
キャンセル料の上限
キャンセル料発生の時期と上限について,ホテルが宿泊約款で思うままに定められるわけではありません。
消費者契約法9条1号は,「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える」部分は無効となる旨規定しています。この規定は,ホテル(事業者)と宿泊客(消費者)との間の宿泊契約にも適用されることになります。すなわち,キャンセル料は,宿泊客のキャンセルによって,ホテルが通常被る損害の額の範囲内でのみ請求できるということです。
※消費者契約法9条
1 次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分
例えば,宿泊約款に10日前のキャンセルは宿泊料金の50%をキャンセル料とする旨の定めがあったとします。
しかしながら,10日前のキャンセルであれば,他の宿泊客からの予約が見込めるうえ,料理の食材の手配もキャンセルすることができるはずなので,通常生ずべき損害は僅少であるといえるでしょう。そうすると,たとえ宿泊約款に定めがあったとしても,10日前のキャンセルにつき50%のキャンセル料の請求はできないと解されます。
ただし,結婚式に伴う宿泊など特別の準備を進めているような場合には,通常生ずべき損害の額も大きくなるでしょう。
結局は,予定されていたサービス内容や季節等と照らし合わせて,ケースバイケースで判断することになります。